[情熱大陸] クラシック界の歌姫 田中彩子 〜 どんな人、結婚は?? 〜

プロフィール

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1984年2月23日、京都府生まれ。

 

3歳からピアノを始めたので、幼い時の夢はピアニストになることだった。

しかし、ピアニストとして生きていくには手が小さすぎた

ピアノは諦めたが、でも叶うなら音楽に関わって生きていきたいという思いがあった。

 

いつ、『そんなに高音域の声が出せることに気づいたの?』という質問に、

『ピアノをやっていたので誰も小さい時は、自分の声のことを褒めてくれなかった。』という彼女。

 

高校時代、音楽研修の発声練習をきっかけに、人よりも高音が出ると知った。

彼女の声は、どこまでも高く伸びていくすみわたる声だったのだ。

元ソプラノ歌手・ミルカーナニコロバさんに『私が教えるからウィーンに来なさい』と言われ、留学を決意。

18歳の時だった。

ウィーンで本格的に声楽を学び、その才能が認められた。

 

10年前22歳の時に、スイスでソリストとしてデビュー。

2014年には、ウィーンのコンツェルトハウスでソリストデビューを飾るなど、ヨーロッパ各国で活躍している。

 


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番組内容

ソプラノ歌手・田中彩子。

18歳の時に、”ハイ・コロラトゥーラ”の才能を認めら、ウィーンへと留学。

音楽をして生きていこうと決意してから今年で14年になる。

コロラトゥーラとは、超高音域を巧みに操るテクニックと、その技能を持つ歌手のこと。

中でも田中の歌声は、繊細さと軽さが特徴とされ「まさに天使の歌声」と賞賛を浴びてきた。

初めてモーツァルトが暮らした町・オーストリアの首都ウィーンに来た時に鳥肌がたったという彼女。

右も左も音楽家という小さな町で、ソプラノ歌手として第一線で活躍している。

言葉も文化も違う町で、稀有な才能が開花。

 

地元のバレー教室が主宰する演奏会に呼ばれ、子供達のバレーの発表会にゲストとして出演。

上流階級の夫婦から家で歌ってくれと頼まれる。

一見、一流のソプラノ歌手がなんで小さな行事に参加するのと思うかもしれない。

しかし、ウィーンという町では、行事に参加することで起きる口コミが大事だという。

無論、実力が証明されなければ呼ばれなくなる。

 

発生には横隔膜のコントロールに加え、全身の調整が必要。

だから、いつも締め付けないドレスを着ている。

そして、コンサートでは下着もつけないという。笑

 

 

番組では、田中彩子さんの私生活や歌に対する思い。

大事なコンサートまでの姿を映し出した。

 

感想

もっとも印象的だったことは、”ハイ・コロラトゥーラ“という才能を持つ彼女の声について、自分で語るシーンだ。

『オーケストラの中で例えると、トライアングル的な存在』だという。

凄いたまにしか出ないけど、いないと絶対にダメな存在。

 

私はなるほどなと感じた。

あんまりいっぱい居ても、せっかくの声の良さが伝わらない。

主役ではないけど、名脇役みたいな存在である。

 

歌手にとって最も大事なことは?』という質問に、男女の愛情だけでなく『人への愛』と答える姿。

歌は愛情でできている。

 

う〜ん。私には意味がよく分からなかった。

コミュニケーションには、必ず話してと受けてが居る。

何かを伝えるということは、『受け手への愛情が強くないと伝わらない。』という意味だと解釈した。

 

結婚はしていない。料理が上手な彼女は、孤独にならなければ生きていけなかったのだろう。

何かの分野で活躍している人の共通点。

それは、必ずある一定期間、四六時中何かに打ち込んだことがある人だ。

その経験が、その人を強くし、生きる原動力になるのだと確信した瞬間だった。

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