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プロフィール

出典:http://www.mbs.jp/jounetsu/
出典:http://www.mbs.jp/jounetsu/

 

1935年北海道生まれ。

戦後間もなく、9人兄弟の長男だった俵は、漁に出て弟や妹の面倒を見てきた。

18歳で自分の船を購入して独立。

父親の影響で、29歳の時にトド漁に出会う。

昆布やトド、ウニなど漁に出させたら右に出る者はいない。

11月 〜 3月は、トド漁師。

夏場は昆布やウニの漁師に。

数十年間に渡って、トドの生態研究に協力している。

番組内容

2016年2月7日に放送された”トド漁師”俵静夫さん。

今回は、”漁師”俵静夫として登場!!

俵静夫さんは、齢80歳にして未だ現役。キャリア70年にして、今なお変わらずに漁をしている。

 

北の果ての夏。北海道礼文島。

俵はバフンウニや利尻昆布など、品質が良いものだけを見極めて漁を行う。

養殖でなく天然物を狙う。漁に出るか出ないかは、吹流しを見て決める。

生粋の海の男だ。

自然を相手にしている商売なので、不漁の時もある。

 

北海道の漁師は、深刻なトドの被害に悩まされている。被害額は年間17億円。

俵さんは、トドを打って50年にもなる。

ライフルを携え、トドが海面に顔を出した瞬間を狙う水打ちをするのである。

 

トドを仕留めることに対して、決して手負いをしたくないと話す。

ライフル銃の弾は3発まで。1発で仕留める。

なぜなら、『急所を外して、手負いにするぐらいなら打たない』というのが、俵さんの心情だからだ。

もちろん、相手はトドの群れである。高い波にのまれ、転覆すれば命はない。

 

島に豚肉や牛肉がなかった時代から、トド肉は貴重なタンパク源だった。

トドの内臓は研究機関に送り、生態の研究に当てる。

どういう魚を食べることかを理解することによって、行動パターンを把握するのだ。

 

7月の朝3時半。俵さんの朝は、早いのだ。

『同じような時間に同じようなことをしていないと、ダメなんだ』と彼は話す。

夏になると、俵さんは必ずとど島に向かう。

今は無人島に成ってしまったとど島が、俵さんが生まれ育った地である。

終戦を迎えた10歳の時に、水死体が浮かんでいたという。

敗戦により樺太から引きあげてくる船が難破し、当時の俵さんと同じくらいの子が打ち上げられてたという。

夏になるとその少年のお墓まいりに向かうのだ。

感想

『同じような時間に同じようなことをしていないと、ダメなんだ』という俵さんの言葉。

生涯現役。海で死ねたら本望だと言う。

とてつもない所に向かうには、小さなことの習慣を積み重ねるしかない。

俵さんの人生を覗き見ることは、そんなことを教えてくれるような気がする。

 

俵さんが毎年夏になると、お墓参りに向かう話があった。

自分の知らない子の水死体が打ち上げられ、しかも発見したのは70年も前のことである。

他人事だとは思えなかったと話す俵さん。お墓を作り今もなお、毎年夏になるとお墓まいりに向かう。

 

正直、私だったらお墓参りには毎年行かないと思う。

しかも、整備も何もされていない無人島。

このストーリーの中に、俵さんの人柄が映し出されていると感じた。