君が代の本当の意味に驚愕! いつから歌われているのか?恋の歌だったの?

ど~も、こんにちは、管理人のケイです。

FIFAワールドカップで日本がベスト16に進出が決定しました。

試合が始まる前に両チームの国家が流れますが、日本では「君が代」が演奏されますね。

入学式や卒業式などの式典や祭典で流れる君が代の本当の意味って、みなさんご存知ですか?

今回は、そんな日本国国歌の「君が代」について、解説していきます。

君が代の概要

君が代の歌詞と現代語訳

まずは、国歌とその現代語訳についてみていきましょう。

君が代は 

千代に八千代に 

さざれ石の 

巌(いわお)となりて 

苔のむすまで 

(現代語訳) 君が代は、千年も八千年にも長期にわたって、小さな石が大きな石となり、その大きな石に苔が生えるほど、ずっと続きますように…

とは、身近な存在や親しい方に対して使われる言葉で、その方との関係がずっと長く続きますように、との意味で使われているそうです。

恋の歌だったの!?

日本神話では、男性の神様である「イザナギ」と女性の神様である「イザナミ」が日本を生んだとされています。

「イザナギ」のキの部分と、「イザナミ」のミの部分を合わせて、「キミ(君)」と解釈すれば、恋の歌のようにも考えられますね。

それを踏まえて、現代語訳してみると、次のようになります。

(現代語訳) 仲の良い男女が愛する気持ちは、小さな石が大きな石になって、そこに苔が生えるほど、千年も八千年も変わらないでしょう。

学校では教えてくれない「君が代」の歴史

「君が代」はいつから始まったの?

君が代は、905年に誕生したとされる『古今和歌集』で初めて、その言葉が使われています。

その和歌の作者は不詳ですが、その歌は誕生以後、お祝い事の時などの時に使われる機会が多かったそうです。

1869年 大山巌が天皇の儀式用の歌として、君が代を選択しましたが、なかなか定着しませんでした。

そのため、ドイツ人音楽家エッケルトが西洋風にアレンジし、1893年には小学校の儀式用の歌として採用されました。

第二次世界大戦の際には、君=天皇と解釈し、天皇を讃える歌となったことや、軍国主義の象徴となってしまいました。

国歌になるまで

軍国主義の象徴になってしまった「君が代」ですが、それが国歌として歌われるのには時間がかかりました。

1958年には、学習指導要領に「儀式などでは、国旗を掲揚し、君が代を斉唱することが望ましい」と定められましたが、当時の日本教職組合が反発し、対立。

その後、1978年学習指導要領が、「国歌を斉唱することが望ましい」、1989年には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」とされています。

これまでの間は、国歌は正式な歌とはされておらず、伝統や慣習で式典などで歌われていました。

1999年に、国旗国歌法によって、君が代はようやく国家となりました。

終わりに

『古今和歌集』で初めて登場した君が代は、庶民に愛された歌でしたが、戦争によって軍国主義の象徴とされてしまいました。

その後、色々ありながらも、国歌として定められ、今もまた庶民に愛されるような歌になりつつあります。

戦争という一時代での解釈だけで国歌に嫌悪感を抱くのではなく、本来の意味を知っていればまた違った感情を持つのではないでしょうか?

 

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