なぜ西日本豪雨の被害はこんなに拡大したのか?原因は?

ど~も、こんにちは、管理人のケイです。

2018年6月下旬に西日本を襲う豪雨によって、多くの犠牲者が出てしまいました。

死者、行方不明者を含めると200人以上の被害者が出ており、今もなお避難を余儀なくされている方が多くいます。

さて、この豪雨はどういったメカニズムで起きたのでしょうか、またなぜこんなにも多くの犠牲者を出してしまったのでしょうか?

今回は、西日本豪雨について考えてみました。

西日本豪雨のメカニズム

そもそも西日本豪雨はどういった気象環境で起こったのでしょうか?

事の始まりは、7月3~4日にかけての台風でした。

その台風は西日本を中心に移動していたのは記憶に新しいと思います。

東京を通過しなかったため、マスコミもあまり報じなかったことを記憶しています。

実際に、私自身もバイトの休憩中にテレビでの台風情報を見ていても、楽観的な報道のように思えました。

しかし、この台風では1日の降水量は100ミリを超える豪雨でした。

そして、追い打ちをかけるように7月の5日~8日にかけて、梅雨前線が停滞したため、広い範囲で大雨が降りました。

この台風と梅雨前線の停滞こそが、今回の西日本豪雨の原因の一つになります。

降水量という数字だけでは計り知れないものがあり、その土地にの地域の形状や住居の耐久性などによっても、被害の度合いが変わってきますよね。

次に、豪雨の後に被害が拡大した原因を見ていきましょう。

大雨後に被害が拡大した理由

先ほど、この豪雨の原因として、台風と梅雨前線の停滞ということが原因ということを書きました。

この豪雨でも被害はありましたが、二次的災害によって多くの人が亡くなりました。

被害が拡大した理由として、次の理由が考えられます。

地形的要因

四国の一部や岡山、広島などの瀬戸内海付近で多くの被害が生まれました。

また、土砂崩れによって、その山の付近に住んでいる方も被害を受けましたね。

中国、四国地方の山には、花こう岩を多く含んでいる性質があります。

この花こう岩は長い年月によって、崩れやすい性質があり、今回の大規模の土砂災害に至ったとされています。

ダムの放流の周知の遅れ

西日本の一部の地位ではダムが雨で一杯になってしまい、それの放水量を増量したため、下流で被害が出ました。

ダムの管理者は、雨によってダムの貯水量が変わり、下流河川で水位が変わる場合には、周囲の自治体や住民に周知しなければなりません。

しかし、放流から住民への指示には数時間のブランクがあったことや、周知していても豪雨で聞こえんかった住民もおり、被害が拡大したとされています。

人は皆「自分だけは死なない」と思っている

最後に、被害にあった住民の中には、行動できなかったひともいます。

ニュース等の報道番組では、逃げようとする子供と家の家具を移したりする親の姿が映し出された映像もありました。

災害に対しての認識が少ないと、どうしても逃げ遅れてしまう可能性があります。

東日本大震災の時も、地震の被害も大きかったのは事実ですが、あんなにも被害を出したのはその後の津波でした。

災害が起こった後はもちろん、災害が起こる前にしっかりと災害に対して備えておかなければなりません。

自身の住んでいるハザードマップを見たり、災害のために防災用具を用意、家族などで逃げる場所を決めておくことが必要ですね。

終わりに

「備えあれば憂いなし」ということわざがあるように、日ごろから備えすぎているほうが命を守るためには必要なのかもしれません。

これからは夏が本格的に始まり、被災地では熱中症や脱水症状の可能性もあります。

少しでも多くの方が、平穏な生活ができるように祈っています。

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